2021-05-18 第204回国会 参議院 環境委員会 第9号
それ以来ですので大変緊張しておりますが、主には私は町づくりですとか都市計画ですとかその辺のところをやっているんですけれども、縁あって今、横須賀石炭火力発電所の操業を止めるための行政訴訟の弁護団長もしております。 本日の話題としては、大きく四点話をしたいと思っていますが、主には二点の話をします。
それ以来ですので大変緊張しておりますが、主には私は町づくりですとか都市計画ですとかその辺のところをやっているんですけれども、縁あって今、横須賀石炭火力発電所の操業を止めるための行政訴訟の弁護団長もしております。 本日の話題としては、大きく四点話をしたいと思っていますが、主には二点の話をします。
もう一度、もう一問、小島参考人に伺いたいんですけれども、先生、自己紹介でも述べられたように、横須賀石炭火力行政訴訟の弁護団長もされているということですが、私も横須賀火力発電所の問題を含んで石炭火力について度々当委員会で取り上げてまいりましたが、この温暖化対策、気候変動対策、気候危機を回避するという点で石炭火力の問題をどう考えればいいのか、どう考えておられるのか、小島参考人の意見を伺いたいと思います。
また、弁護団長の井戸謙一さん、実は弁護団始め地元の応援団の方たちがずっと西山さんを支えてこられました。その弁護団長の井戸謙一弁護士も、県警や検察はこれを教訓として、組織として問題点を改めて検討してほしいと要望されておられます。 十五年以上も無実の罪を着せられた西山さんの人生、今、四十歳です。
ジャパンライフ被害者中部弁護団長の杉浦英樹弁護士、私、先日、被害者の方とともにお会いさせていただきましたけれども、その杉浦弁護士はこのように言っておられます。二〇一五年ごろというのは、行政指導を受け、相談もふえてきて、ジャパンライフがぐらついていた時期であり、安倍総理の名前は迷っている人を信用させるのにピカ一の効力があったはずだと述べておられます。
私は先日、西山さんと、弁護団長の井戸謙一さんに話を聞いてきました。この事件、当初は業務上過失致死で捜査がされておりました。人工呼吸器のチューブが外れていたのかどうか、それによりアラームが鳴っていたのかどうか、また、アラームが鳴らないようにする消音機能を西山さんが知っていたのかどうか、こうした重要な事実について、西山さんの供述というのはもう大きく変遷しているんですね。
その中身は、二枚目御覧いただきますと分かりますが、基金案に懐疑的な漁業者の二十の質問に団体幹部が答えるという想定問答として、例えば、組合員の総会に諮るべきだという声に対しては、組合長に一任、あるいは、よみがえれ有明訴訟弁護団の馬奈木昭雄弁護団長を名指しして、目指しているものが同じかどうかは分からないなどと、つまり、開門判決の勝訴漁民、開門を求める漁民を、こともあろうか開門義務を負う国が漁協幹部の口を
さらには、開門派原告団の弁護団長を名指しで、距離を置くよう求める回答までつくっていたとのことでした。事実であれば、本当にひどいものだと思います。 そこで、私が先日、二十三日の本会議で、想定問答なるものの公開を求めたのに対して、山本大臣は、交渉当事者としての地位を不当に害するおそれがあり、そうした文書が存在しているか否かも含めてお答えできないとの答弁でした。 状況が今変わりました。
一方で開門の判決、他方で差しとめの判決、どのような判決をいただいたとしても、現場の解決というものは和解でしかできないというように考えておりまして、馬奈木弁護団長もそうした意見を述べられているわけでございます。
再審で無罪となった布川事件の弁護団長は、二審から受任して一審記録を精査した際、前半は要約調書、途中から速記録になった公判調書を読んで、速記録を読むと、検察官が詰まりに詰まって困っているところ、本人たちが威勢よく尋問しているところなどが目に浮かび、それまでの要約調書と比べると、調書が生きていると感じたと述べています。
繰り返しになりますが、まず弁護団長の佐藤さんにお伺いいたしますが、今回、国はいまだに責任あるいは責任の所在、あるいは謝罪ということを明確にはしておらないと思います。そのことが全体に非常に影響を与えている。
名張の事件、私、今たまたま愛知県弁護士会に所属しておりまして、あの弁護団長をやっておる連中だとか、そういった親交があります。今であれば、名張の事件は、もうとても許されないような逮捕前の取調べ、それから逮捕後の本当に長期にわたる取調べ、そういうものが行われて自白に至るわけです。それは現在も変わっておるのかどうかという点は大きな問題です。
これは、参議院の議員やられた近藤忠孝イタイイタイ病の弁護団長がNHKの「その時歴史が動いた」にも出ておられましたけれども、弁護団も被害者も企業を評価しているんですね、今。一応企業、経済活動と、上流の神岡鉱山は操業を続けています、工場。鉛、亜鉛造っているんですけれども。しかし、それで下流の農業も両立するということで、やっぱり経済と環境の両立はやればできるんだと。
一応の経歴をここで述べさせていただきますが、具体的には、二〇〇七年から二〇〇九年にかけて立て続けに摘発された投資被害であるL&G被害対策弁護団の副団長を務めるほか、近未来通信の被害対策弁護団の弁護団長、それから同種被害であるワールドオーシャンファーム被害対策弁護団の弁護団員等を務め、昨日も二回目の家宅捜索が行われた、霊感商法被害と評価できる神世界被害対策弁護団の弁護団長も務めています。
鈴木弁護団長も「政府が訴訟を含めて、解決に向け対応すると受け取った。ゼロ回答ということはないだろう」というこんなコメントも載っております。 そこで、柳澤大臣にお伺いしたいんですが、患者や原告の方々は一日千秋の思いで、この治療費助成を含む患者の救済、また、訴訟をもう終わらせて全面解決ということを、本当にもう首を長くして待ち望んでおられます。
弁護団長であります池宮城紀夫団長は、今回のこの訴訟の目的と意義について次のように述べています。ボーリング調査そのものが辺野古海上基地建設の一環をなし、その新基地は県民への新たな基地負担を押し付けること、そして奇跡的に残る豊かな自然環境に壊滅的な破壊をもたらすこと、これを何としても止めることが訴訟の目的であると。
被害者は二度殺されると、森永砒素ミルク事件の原告弁護団長を務めた中坊公平氏は嘆息をいたしました。 昭和三十年六月、森永乳業徳島工場で製造された粉ミルクの中に砒素が混入しました。その結果、当時の厚生省の発表でも一万二千百三十一名もの赤ちゃんが砒素中毒にかかり、そのうち百三十名が亡くなりました。
児童家庭 局長 岩田喜美枝君 厚生労働省保険 局長 大塚 義治君 特許庁特許審査 第三部長 市川 幹雄君 参考人 財団法人日本薬 剤師研修センタ ー理事長 内山 充君 弁護士 薬害ヤコブ病大 津訴訟弁護団長
財団法人日本薬剤師研修センター理事長内山充君、弁護士・薬害ヤコブ病大津訴訟弁護団長中島晃君、日本製薬団体連合会会長藤山朗君、はばたき福祉事業団理事長大平勝美君及び日本赤十字社事業局技監草刈隆君、以上の方々でございます。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、大変御多用のところ、当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
症例の発症を続けさせた最も見苦しい厚生、衛生学的無策の例となっていることを言外に示している、このような手紙が弁護団長に届きました。この手紙の差出人は旧予研の部長さんであります。いわば身内からもこのような厳しい指摘がなされているわけです。 昨年の厚生委員会の集中審議、閉会中にされましたが、厚生省の対応について、多くの議員が厳しく、与党の中からも厳しい質問が出ました。
金融再生委員会事務局長 ) 森 昭治君 政府参考人 (金融監督庁監督部長) 乾 文男君 政府参考人 (大蔵大臣官房総務審議官 ) 原口 恒和君 政府参考人 (大蔵省金融企画局長) 福田 誠君 政府参考人 (中小企業庁次長) 殿岡 茂樹君 参考人 (日栄・商工ファンド対策 全国弁護団長
各案審査のため、本日、参考人として日栄・商工ファンド対策全国弁護団長木村達也さん及び社団法人全国貸金業協会連合会会長小倉利夫さん御両名の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
実はきのう参考人の質疑において、地下鉄サリン事件の弁護団長の宇都宮参考人から、今度の法案で、地下鉄サリン事件で言えば五千人を超える被害者のうち千人を少し超えるくらいの方が破産手続を進めておられると。しかし、そこにおいてはいわゆる財産回復ということがあり得るわけですけれども、名乗り出ることができない、そういう被害者の方が多々おられる、実はそれが被害者弁護団でも掌握できないのだと。
この弁護団長も、それから主任弁護人も私はよく知っておりまして、昔は一緒に事件もやったことがある人ですけれども、刑事弁護人としてはもう第一級の人物だと私は思うのですね。こういう人が国選弁護人をよく受けてくれたな、こんな苦労な事件と思うくらいなのです。だから、大変に苦労しているだけに、その人たちの言い分というのは私はわかる。一般の方々は理解できないかもしれないけれども、私はよくわかっているつもりです。
また、去る二十九日の朝刊に水俣病訴訟弁護団長の千場茂勝氏の談話が次のように載っております。水俣病問題の解決を終始阻んできたのは、行政に誤りはないと信じ込んでいる官僚たちだったと。この方は建設官僚だったそうでありますが、自分が役人のときは気がつかなかったが、水俣病を通じて、政治家よりも官僚の力が強いことをまざまざと感じたと述べておられます。